およしよ! 城ドレイ/ShiroDorei Digital
第一夜〜第六夜

下へ行くほど古いものです。
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【第夜】

 本当にご迷惑・ご心配おかけしました。やっと、やっと、やっとのことで、Gスタのホームページがリニューアル・引っ越しオープン!
 ああ、なんて長かったんだろう……。
 11月下旬には、とかいいながら、年も変わり季節もめぐり、21世紀にまにあってよかったぁ……なんていってるバヤイではありませんね。

 NHKスペシャルで、「人体〜遺伝子〜」を観ました。相変わらず、このシリーズは本当に感動もので、ああ人類ってすごい〜、と思ってしまいます。それと同時に今までの歴史がちょっとだけ馬鹿馬鹿しくなってしまう部分もすくなくありません。
 番組ではミトコンドリアのDNAを解析して、現在の日本人が多種多様な民族の集合であることを解明してゆきます。
 日本が単一民族であるという一種の幻想は、DNAの解析によって、あっと言う間に崩れ去ってしまいました。在日の中国人や韓国・朝鮮の人たちに対する差別、アイヌの人たちに対する差別も、(差別の根拠として考えられていたような理不尽な理屈でさえ)まるきり根拠のないものとしてしまったのです。
 それどころか、すべての人類がアフリカに起源をもつ、ひとつながりの歴史を共有していて、民族というものそれ自体が、単に気候・風土にあわせた適応にすぎないということまで示唆していました。
 極端な話、すべての戦争やいさかいは全部、親族争いにすぎないということです。

 ドレイはこれまで、家族・親族という狭い共同体内の様々な軋轢を「呪い」のようなものに感じてきました。そして、その「血の呪い」から自由になるためには、動物の「棲み分け」が有効であると考えてきました。
 ウチで育った2匹の猫のうち、兄は早々に『出家』して、この家を去りました。
 しかし、人類全体に「血の呪い」がかけられているとすると、これは単純に棲み分けすればいい、というわけにもいきません。

 でも、ドレイは逆に、今、とっても明るい未来を想像しています。
 だって、「人類」なんて大袈裟にいっても、所詮家族の延長で考えればいい、つまり家族の軋轢を解決できれば、その応用で人類の軋轢も解決できる、ということになったからです。
 家庭で、そして家族の中で何が起きているか、それが人類の成長の鍵かもしれません。

 というわけでこのコーナーでは、皆さんの「呪い」について、梅雨の過ごし方などを募集しています。ふるってmailをお寄せください。では、また!!〈ド〉

第六夜第五夜第四夜第三夜第二夜第一夜

【第五夜】

 ずいぶん涼しくなりました。ほんっとぉーに、ご無沙汰でした。

 こんなに長い間、ご無沙汰して、更新しないで、それにはもちろん、言い訳があります。
 皆さん、こんにちは。『城ドの言い訳の時間』です。
 昨年、私は「胃潰瘍」やりまして、でも胃カメラ飲んで、薬も飲んで、完治したと思っていたのです。
 ところが、早くも今年の2月くらいには、ちょっと胃が重いなあ……というのが続き「気をつけなくちゃ」といっていたハズなのに、5月くらいには「うう、痛い」と再発していたのでした。でも、まあ、大事にして、とかいいながら、騙し騙しやっていたのですが、ついに8月に入り、病院に行き、10日にはまたも胃カメラと相成った次第なわけでした。
「胃カメラ飲んだんだからもう大丈夫」ってんで(←それで治るわけではない)、12日には海に行き、1泊キャンプ!
 いや〜、楽しかった!!
 って、いってる舌の先が乾かない内に、前から赤くなっていたノミに食われた跡がどんどん盛り上がり、何か肋間神経痛みたいな痛みが走り、結局海から帰った次の日、医者に行きました。
「あなたくらいの歳で、こんなものこしらえてちゃダメなのよ。みんな、無理してホントにヒドくなってからやっと病院に来るんだから」
 気っぷのよい初老の女医さんはそういってドレイを叱ります。
 ドレイの身としては、ヒドくなったから病院へ行ったわけで、それを叱られてるんだから世話ありません。
 で、とにかくそれはノミの跡が化膿したわけではなく、帯状疱疹というウイルス性の病気であることがわかりました。
 わかりましたがそれで治るわけではなく、その日から熱が出て、痛くて、唸って、七転八倒、4日めくらいからは熱は引きましたが、痛くて、そのうち痛みが引い頃には痒みが、という具合にホントに時間がかかったのでした。
 その間、胃の方の治療も同時に進行し、なぜか、次々と仕事の依頼まで増えていくのです。(いくつか断りましたが……)
 痛みが続くうちは、Macに向かうのも苦痛で、それが過ぎた頃には痒みで集中できません。海はホントに楽しかったのですが、無理はするもんじゃありません。
 とはいえ、あの時点ですでに私は帯状疱疹にかかっていたのです。
 知らないで海ではしゃいだのと、知ってて家で「ああ、今年も海に行けなかった……」とがっかりしているのと、どちらがよかったかは明白です。
 もしかすると、帯状疱疹も、「このまま発症しては可哀想だから、海から帰ってから思いきり悪化してやろう!!」(←無理な擬人化)と情けをかけてくれたような気もするのでした。
 で、ずいぶんと痒みの治まった今日この頃、はっと我に返ると、もう季節は秋。ホームページは随分長いこと、夏味のまま、涼しい日々を送っていたのでした。
 ああ、まるで夢を見ていたような、熱に浮かされていたような(←ホントに熱だしていた)暑い夏よ、いずこ……。

  というわけでこのコーナーでは、皆様の病気について、ホームページ更新が遅れる理由などを募集しています。ふるってmailをお寄せください。では、また!!〈ド〉

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【第四夜】

 前回、社長の一周忌について書いたところ、新声社発行の「ねこばかコミックアンソロジー」を読んで頂いた方から、何通かmailをいただきました。みなさん、心にとめてくださってほんとにありがとう。これからもよろしく。

 さて、まもなく梅雨あけみたいですが、今のところ涼しい日が続いています。うちではまだ炬燵が出ていて、寒い夜にはまだスイッチいれたりしているのです。
 もちろん、電気炬燵です。
 前にも書きましたが、毎日Mac起動して生活しているドレイは、電気を使う機械が好きでテクノロジーもかなり好きです。でも原発には反対で、エコにも関心があって、「おまえ、矛盾だらけじゃないか」といわれれば「仰せのとおりでございます」と反論などしません。ドレイはドレイらしく卑屈に認めるのが一番です。
 そして、これからも「卑怯者でございます。矛盾だらけの人間でございます」と卑屈に生きてゆくつもりです。
 でも、別に開き直っているわけではないのです。
 昔、笹川良一氏が存命中に「金はどんなふうに集めても、いいことに使えばいいんだ」といったという話を聞いたことがあります。もちろんこれが実話かどうかは知りません。ドレイはこのセリフを正しいとは思っていません。ただ、何がしかの「罪悪感」がこの発言につながったのだと考えています。
「美味しんぼ」というマンガで、確か鮎を食べる話だったような気がしますが、『人はみんな生き物を殺して食べるが、そうやって生きる力を貰うのだから、敬意を払って食べるのだ』みたいな話がありました。ドレイはこの話を正しいとは思いません。ただ何とか「罪悪感」を無いことにしようとあがいているんだなと思います。
 ドレイは環境を破壊しながら機械を使って暮らす人間です。
 寒かったら炬燵やストーブでウランや石油を消費し、暑かったらクーラーや冷蔵庫の氷でウランや石油を消費します。寒くも暑くもない今日のような日でも、有害廃棄物を大量に生み出しながら製造されるコンピューターで、多量の電気を消費しています。水と空気を汚して、木を切って、魚を殺して食べ、獣を殺して食べます。自然林を破壊してつくった畑や田んぼで育った米や野菜を食べて暮らしているのです。
 そんなこと考えたら生きてゆけない? だから、今まで多くの人は考えないようにして暮らしていたのでしょう。
 ところがビックリ。今では環境に配慮することがほぼ常識にまでなってしまいました。
 たぶん、これを読んでる人の多くも、多かれ少なかれ「環境」は気になっているハズのハズ。
 いいのか、みんな?
 そんなコト気にして生きてゆくつもりなのか?(←脅している)
 お先真っ暗でイヤにならないか?(←終末思想をあおっている)
 多分、まじめで正直な人は「地球環境を考えるのはやさしさでも正義のためでもなく、ただ人間が生き残るための方策にすぎない」というかもしれません。
 エコがブームになって、ドレイは嬉しい。
 だって、エコって、今までないことにしてきた「罪悪感」とつきあいながら生きてゆく決意表明だったりするんですから。
 森林伐採に反対する人は、そのための署名用紙に罪悪感を抱かざるを得ない。
 無農薬の野菜を食べたい人は、生ゴミをだしたり都市生活をすることに矛盾を感じざるを得ない。
 肉を食べる人は、牛や豚の生きる権利について悩まざるを得ない。
 TVを見る人は、ブラウン管に使われる放射性物質と電力消費に思いを馳せずにはいられない。
 ナイキのシューズを履く人は、ナイキのベトナム工場で働く人たちのことを考えざるを得ない。(←これもエコ?)
 そして、ほとんど多くの日本人は、それらの様々な便利と快適から離れて暮らすことを望んでいないのです。(←ほ〜ら、これだからエコはイヤなんだという声が聞こえてきそう)
 ドレイはこの社会のドレイです。でも、この社会のドレイである以前に、この世界の、地球の、ちっぽけな生き物にすぎません。
 開き直りもせず、かといって萎縮もせず、ドレイとして堂々と卑屈に生きてゆきたい。そのためにだったら認めざるを得ないことは認めます。
 そうです。私の両手は血にまみれているのです。
 人間は、他の肉食動物よりも、かなり血まみれです。だって殺す時に口だけでなく手も使うから。道具や他の人使って殺したりするから。食べないのに殺すこともたくさんあるから。
 じゃあ、どうやって自分を正当化できるの? って別にしなけりゃいい。
「生き物はそうやって生きてゆくものだ」なんていわなきゃいい。人間だけです、ここまで環境破壊するのは。
 ドレイは宮崎駿監督のように「生きろ」なんていえません。今まで人間は人を殺しながら生きてきたじゃないですか。獣を殺しながら生きてきたじゃないですか。今、残っている人間の遺伝子って、結局生き残ってきた殺人者の遺伝子に他なりません。
 どんな極悪な殺人犯でも「死刑」にだけはならずにすむ権利があって、たまたまその権利がドレイにすらあったというコトなのです。
 もちろん、あなたにも「死刑にならない権利」があるのでした。(←いつのまにか『死刑廃止』の話になってました)
 ちなみに「罪悪感」は、逃れようとしないでつきあってゆくと、美しい花を咲かせたりもするものです。ドレイのバジルはすくすくと育ち、4分の1が虫に食われています。暑い日のトマトが待ち遠しい……。

  というわけでこのコーナーでは、皆様の罪悪感について、暑い夏のレシピなどを募集しています。ふるってmailをお寄せください。じゃ、チャ〜オ!!〈ド〉

第六夜第五夜第四夜第三夜第二夜第一夜

【第夜】

 今月は社長の一周忌です。
 社長というのは、一緒に暮らし、長いことお世話になっていた猫です。心の具合が悪い時、必ずといっていいほど、彼に助けられました。社長は「具合が悪い時には具合が悪いように過ごす」というコトを一番はっきりと教えてくれたヒトです。
 それはあんたの勘ちがいだ……と思う人もいるかもしれません。「動物を擬人化するのは人間の傲慢さの表れ」だという意見もあります。ドレイもあまりに擬人化が過ぎる映画やTVの動物ものには「ちょっとなぁ〜」と思うことも少なくありません。
 でも、何年かともに暮らして、個人的なつきあいの中で感じられた彼のヒトとナリは、たとえそこに誤解や幻想があったとしても、「お世話になったヒト」以外の何者でもありません。長年連れ添った夫婦や、親子・親友の間でも誤解や幻想はつきものなのですから、問題はそれがよいものだったかどうかにかかっていると思うのです。
 ドレイにとって、それは素晴らしい出会いでした。
 彼にとって、……まあ許せる範囲であったのだと思います。(←大幻想?)

 曇り空の下で、ぐんぐん育ってきた雑草が風に揺れると、何かに呼ばれるように鼻をひくつかせていた社長の姿が蘇ります。
 弱った身体で、最後の最後まで外に出掛けてゆき、そして帰ってきた姿には、何か「オヤジの生き様」と「死に様」を見せてもらったような気がしているのです。
 ドレイも年をとり、やがて死んでゆきます。
 もちろん、そんな風にカッコよく死ねるかどうかは自信ないのですが、生き物が生きて死んでゆくってことだけはホントによくわかりました。

 免疫力の落ちた身体にはノミとり薬は危険すぎたので、去年はブラッシングくらいしかしませんでした。最期の方は社長の体力が落ちて、自分で毛繕いもままならない状態だったので、彼の遺骸には多量のノミが寄生していました。
 憎い敵でした。
 ノミもまた生命を全うしているだけなのに、ヒドク醜く、汚らわしいものとして映りました。
 社長を埋葬し、ノミの一部は庭に跳ね逃げ、一部は社長とともに土の下に埋められました。
 今考えると、ノミもまた、社長という生命を形作る「時間と空間」にともに暮らす構成要素だったのかもしれません。だから、一部はともに滅び、一部は生き延びる。宇宙は延々とそんなことを繰り返して、そんな小さな「時間と空間」が集まって構成されているような気がするのです。

 G-STUDIOは社長とともに歩んで、社長とともに一部が滅び、一部は生き残り、逆に「社長の死」によって生まれてきたものさえたくさんあるのだと思います。

 ドレイは社長じゃないから、あんなにカッコよくはなれませんが、せめて「散歩の好きなオヤジ」になりたいと、そう願っているのです。

 ちなみに彼が立派だったからといって、「猫は立派だ」というつもりはありません。

今ウチで暮らす猫のパラちゃん 今ウチにいるパラちゃん(パラサイトのパラ)は、はっきりいって立派ではありません。臆病で甘えん坊で、それでいてわがまま。人間との距離の取り方も、いつまでたっても定まりません。(←接し方が悪い?)
 それでも、その臆病さが生き残り戦略となって、教えもしないのに「人間用トイレ」で排便するという技を身につけてしまいました。
 パラちゃんは立派ではありませんが、侮れないことも確かです。

 というわけで、このコーナーでは、皆様の生き様・死に様について、我が家の動物自慢などを募集しています。ふるってmailをお寄せください。ではでは。また次回。じゃね。〈ド〉

第六夜第五夜第四夜第三夜第二夜第一夜

【第二夜】

 よい季節がやってきました。散歩にでかけると、道のあちこちから、うっすらとよい花のニオイが漂ってきます。草や木の葉がピンと背筋を伸ばしているみたいで、ホントに嬉しそうです。
 ドレイまで嬉しくなって、庭にハーブの種をまきました。
 ほんとに小さな庭ですが、もともと畑だったところです。その、よい土を、何もせぬまま荒れ放題にするのが毎年恒例となっていました。今くらいの時期からだんだんと雑草が生い茂り、やたらと背の高い山あじさいが化け物のような巨大な花を咲かせ始めます。そして全部咲ききらないうちに力つきて枯れてゆくのも毎年恒例です。6月になるといつのまにか庭がジャングルになります。知らぬ間に人間の背より高い木が生えているので、放射性物質でも埋まっているのかと勘繰ったりして。(←浅はかな科学知識)
 そっとその木に手をかけ(←怖がっている)、ちょっと力を入れるとポキンと折れます。(←それすら怖い)
 木のフリをした雑草でした。
 ちょっと考えれば、木が1カ月やそこらでそんなに伸びるわけはないのですが、頭の中は「ジャックと豆の木」や「となりのトトロ」の魔法でいっぱい。違うトコロはジャックもさつきもメイも、1本の立派な木が伸びてゆく楽しい魔法を満喫しているのに、うちでは怪しげな雑草やシダ植物が庭いっぱいにジャングル・ホラーしているところでしょうか。
 というわけで、大抵は6月の終わり頃、ジャングル掃討作戦が繰り広げられることになっていたのですが、今年は早々と連休中に庭掃除が終わったのでした。
 まいたのはパセリとバジルとコリアンダー。タイ料理や中華には欠かせない食材であるコリアンダー(中華だとシャンツァイ,タイ料理ではパクチーと呼ばれます)は、クセが強くて嫌いな人も多いせいか、生のものを手に入れるのが困難なのでとっても楽しみです。(←ドレイは臭いモノ好き)
 バジルは、モツァレラチーズと一緒にトマトにのせ、それにすり下ろしニンニクとオリーブオイルをかけて食べるという黄金メニューが待っています。しかも毎月1回宅配便をお願いしている「小泉循環農場」の箱の中にも、夏にはきっと素晴らしいトマトが入ってくるでしょう。(←ヨダレ注意報)

 「小泉循環農場」の野菜を食べているのは、本当に一握りの人たちだけです。種から無農薬、肥料から無農薬、しかも旬。八百屋やスーパーではほとんど見かけない野菜も毎回必ず入ってきます。

 ドレイは都会暮らしで、ほとんど何の生産もせずに電気と紙を消費し、しかもスキマ商売で暮らしています。それが夏の暑い日に、恐らく東京で手に入る一番おいしくてエネルギッシュなトマトに、自分は種をまいただけで後は勝手に土が育ててくれたバジルをのせて食べる……。夏が旬のトマトには当然身体を冷やしてくれる果汁がたっぷり。バジルだって簡単にジャングル化する庭育ち、みみずや虫たちもたっぷり土を分解・熟成してくれているハズのハズ。

 今年の夏、ドレイはとんでもない贅沢をしようとしています。

 いや、夏だけじゃない ドレイはいつもそうやってノウノウと、おいしいものを独り占めしてきたのです。
 皆さん こんなコトを許しておいていいのですか?!(←錯乱している)
 いえいえ、ドレイの贅沢はこれだけでは終わりません。
 普段、大量の熱を放出するMacやレーザープリンターを仕事で使う以上、夏はどうしても冷房が欠かせないのですが…………。
 トマトを食べるときは冷房を切る!!
 窓開けて、蚊取り線香を炊いて、縁側で
 しかも蚊取り線香は自然食品店で手に入れた『蚊は死なずに逃げてゆくだけ』というものです。蚊の恨みすら買わずにすまそうというスリヌケ人生まっしぐら。普段どれだけ環境破壊しているかは、この際たなあげです。その瞬間「超・贅沢」の足をひっぱるような無用の殺生を何としても避ける。もちろんこれはエコではありません。アニマル・ライツでもありません。(←誰もそうは思わない)もちろんグルメの範疇にもおさまりません。

 もしかしたら、さらなる贅沢が発見できるかもしれない。そう考えただけで、季節の移り変わりにドレイはいくらでも欲情してしまうのでした。

 というわけで、このコーナーでは、皆様の異論・暴言、自分の贅沢について、季節の挨拶などを募集しています。ふるってmailをお寄せください。ではでは。また次回。See You later! (ちなみにドレイはこの連休に、友だちが握ってきてくれたおむすびを、東京は新宿「Times Square」の12階で食べました。おむすびは『小泉循環農場』のタケノコごはんです。罪の味で残酷で、それでもとても美味しかった。まちがいなくあそこで小泉さんの野菜を食べたのは世界で始めてでしょう。まわりはおしゃれなファーストフードが軒を連ねていたし……)〈ド〉

第六夜第五夜第四夜第三夜第二夜第一夜

【第一夜】

 皆さん、はじめまして。そして、何かの拍子に城ドレイをご存知の方、お元気ですかぁ〜。
 というわけで、ドレイの分際でWEBページまで持つことになりました。ずいぶん前に「インターネットって所詮、世界テレビじゃないの?」なんてわかったような口をきいてから、「知らないくせに随分いい加減なコトいっちゃったんじゃないのではないか」と気になってはいたのです。気になりついでにNETを始めて、ちょっと改心しました。
「HOME PAGEって所詮、世界同人誌じゃないの?」(←改心してない)
 世界中のマニアがマニアックな意見や情報を発信・交換・取引しているところが、何でもアリの「世界コミケット」みたいです。もちろん、NETはいつでも開いていますから、とってもコンビニエンス。情報ならば24時間、何でも揃っています。
 すでに始めて2カ月、随分と有益な情報も得られ、多くの可能性を感じているので大きなことはいえませんが、
どうしてINTERNETには風が吹かないのでしょう?
 ないものねだりだ、という声が聞こえてくるような気がします。(←電波?)
 でも、こうしてMacに向かってキーを叩いているその向こうでは、朝日が新緑を照らし、わずかな風に竹が葉をそよがせているいるのです。空気もその気になれば「微かなニオイ」を帯びていることがわかります。鳥が鳴いていることにも気づきます。しかもその鳥は、近くではなく「向こうの木のあたりだ」ということまでおぼろげながらわかってしまうのです。
 人間の身体はとてもたくさんの情報を受け止め処理することができるのに、うちのMacはニオイも味も感触も伝えてはくれません。
 そればかりか、モニターが見づらいからという理由で、窓にはカーテンを引き「スゴイ、カンタン、気持ちいい」の電脳生活三昧です。
 どうも人類は相当だまされやすいようです。
 だって、TVやVIDEOやWEBを見て、笑ったり、興奮したり、時には感動したりしてたって、
私たちが観ているのは実はブラウン管にすぎません
 もちろん、以前「オルタ通信」でいったように、ドレイはかなり機械好きな方です。ドリルとか、テープレコーダーとか、歯車とか、シンセサイザーとか、油圧ポンプなども愛しています。でもそれはただ変わり者ということで、自慢できないし、世の中にそんなマニアは少ないハズのハズ。
 なのに現在、先進国の多くの人々が、なんらかの形でモニタを眺めて暮らしています。TVやVIDEOや通信が趣味の人も少なくありません。
 ドレイはこれから、趣味を尋ねられた時に
「ブラウン管を見つめたり、ボタンを押したりするのが好きです」(←意地が悪い)と、胸をはって答えたいと思います。
 これを読んでる皆さんにも、「私も私も!」(←もっと意地が悪い)と、名乗り出てくる人がいるでしょうか。
 今、世界中が「モニタを眺めながらボタンを押す趣味」でつながっています。
 先に森を切り倒し、水を汚した先進国から「エコロジー」と「環境保護のための様々な技術・方策」が生まれてくるように、時間を切り刻み、優雅な趣味を失った先進国から、今まさにオルタナティヴな“風流”が生まれようとしているのかもしれません。クジラが「食べる対象」から「ともに生きる仲間」に変わったように、情報に対して「消費しない」スベはないものでしょうか。

 というわけで、このコーナーでは、皆様の投稿・反論、起き抜けの気分について、哀しい予感などを大募集します。ふるってmailをお寄せください。(下の一番右をクリックしてね)
 ではでは。また次回。See You later! 
〈ド〉

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